どんな監督・・?
日中韓共同・横浜開港150周年記念映画製作委員会の委員であり、日本側プロデューサーの武重邦夫さんにお願いして、「3つの港の物語」の日本作品『桟橋』の監督に選抜された渡辺紘文さんについて、コラムを書いていただきました。
渡辺紘文さんは今年日本映画学校を卒業した26歳の映画青年。卒業制作である『 8月の軽い豚 』という作品の脚本・監督をつとめました。
日中韓共同製作の日本代表という大役に抜擢された渡辺さんは、『桟橋』をどんな作品に仕上げてくれるのでしょうか?彼に期待を寄せる武重さんのコラムから、まずは渡辺さんの人物像を探ってみたいと思います。
-----------------
「どんな監督・・?」
2月末、日本側作品「桟橋」の監督として渡辺紘文が選抜された。
彼の卒業制作作品「8月の軽い豚」が、フジフィルムや日本撮影監督協会が共催する第9回フィルムラバーズフェスタで大賞等を受賞し、その演出力を評価されたものだ。
映画「8月の軽い豚」は、栃木の小さな町の養豚所で働く青年が過酷な現実と格闘しながら生きていく話である。ま、近頃の若者が作る軽い映画とは異なる重量感が在る作品で、登場人物も豚に似て汚く切ない人たちばかり。過疎と経済格差の泥沼に蠢く地方の人間群像の中に、のたうつ青年の姿が一条の光としてキラリと輝く作品だ。
監督の渡辺紘文はイガグリ頭のごつい26歳の映画青年だ。映画「8月の軽い豚」を観た人たちは、その土臭い彼の容貌に豚を連想し、養豚所に育った渡辺の自叙伝だと納得する。
しかし、彼の容貌と作品が偶然に一致しただけのことで実際はそうではない。
渡辺は栃木の良家の子弟で、幼少からピアノのレッスンに通わされたお坊ちゃんなのだ。現に彼の弟は武蔵野音大でピアノ奏者として修行中である。
渡辺紘文は大東文化大学を出て平成16年に日本映画学校に入学し、僕の主宰する武重ゼミにやってきた。1年生だが年齢は22歳。本来ならゼミの牽引役になるところだが、その年は30歳の学生を筆頭に28歳の留学生など高年齢生がうじゃうじゃ居て余り目立たない存在だった。寡黙で性格温順。蟹の様な四角い体型が如何にもフットワークの悪さと“不器用人間”を連想させ僕は渡辺を好ましく思った。端的に言えば、僕は自分自身が愚鈍だし、長い経験からすれば、フットワークの良い人間より愚鈍の方が信頼できる。
僕のゼミは1学期の始め毎週、課題短編創作を書かせる。
「口紅」とか「家族」とか僕が課題を出して学生達にオリジナルを書かせ、翌週、彼らの書いた作品で分析授業を行なうハードな教科である。この教科の目的は発想と表現のトレーニングだが、僕の狙いは構成力の養成だった。映画を目指すものはシナリオを理解できなければ役立たない。そしてシナリオは、書くにも読みこなすにも構成力の有無がポイントになる。監督だけでなく、撮影も録音も編集も制作部ですら構成力を身に付けておかないとまともに仕事は出来ない。映画作りの原点は好奇心と構成力だと僕は信じている。
人は見かけによらないものだ。渡辺の書く短編は彼のどん臭さとは反対の洒落た観念的で抽象的なものが多かった。ま、ぺら10〜20枚の短編だから仕方が無いが、アイデアだけのショートショートではつまらない。「少しは人間に迫れ!」そう注意すると、渡辺は変な警官の話を書いてきた。聞き込み調査と称して他家に上がりこみ、その家のかみさんとSEXする話だ。帰宅した主人が仰天して詰め寄ると、「聞き込み調査です」と警官は悪げも無く応える。おまけに、かみさんの方も「そうなのよ」と何事も無かったように頷く。
善良な庶民の家庭に非日常が淡々と入り込んでくる不条理な作品だった。
1年生の夏の200枚脚本で彼は栃木の豚屋の話を書こうとしたが巧く行かなかった。
大学の夏休みにバイトに行った養豚所の印象が強烈に残っており書きたかったのだ。
1年の最後の制作実習で渡辺は警官役を務めることになった。落ちこぼれの若者達の前に「軽犯罪法規」を背負って登場する中年の不器用な警察官の役だった。
彼はごつく執拗で不器用な警察官をしごく真面目に演じて喝采を受けた。権威の権化でありながら、その警官には可笑しさと悲しさのような人間性が表現されていたからである。
2年の専門課程に進級してから渡辺は飛べなかった。
2年の総合制作実習6本の内、半数の監督を武重ゼミ出身者が占めているのに渡辺の名はは噂にも上がらなかった。2年の終わり頃か、渡辺が読んで下さいと分厚い脚本を持って訪ねてきた。養豚所に働く青年の話で、家族や就労者が活写された魅力的な脚本だった。
脚本は2時間に及ぶ長いものだったので、練りこんで、卒業してから挑戦したらどうだろうとアドバイスした事を覚えている。
3年になった昨年の初夏、渡辺が卒業制作の監督に選ばれたと赤い表紙の脚本を持ってきた。タイトルは「8月の軽い豚」、2年次に書いた長編脚本を短縮したものだった。
2時間の脚本を45分に圧縮した分、主人公の家族のエピソードがカットされ物足らない感じがしたが、渡辺は鈍重な力を目一杯発揮して学生映画としての秀作を作り上げた。
青春の負の部分を色濃く抉りながら一条の光を忘れない・・渡辺の演出は映画の本道を行くもののように僕には思われた。
さて、渡辺は現在、「桟橋」の脚本に苦悩しながら取り組んでいる。
高崎浩の原作はそれなりの魅力を持っているが、実際に俳優の肉体を入れドラマに組み上げていくには非常に難しい作品である。ヨコハマの港は栃木の豚屋ではないし、「桟橋」に登場するのはギトギトした野太い地方人でなく、大都会に浮遊する複雑でデリケートな人間達である。今という時間の中に「栃木」があり、「ヨコハマ」も同時に存在しているのだ。
難しいのは、映画作家はそうした混沌としたカオスの中に身を置かなくてはならないことだろう。否応なく、自分達の時代を描き出し後世に残していく宿命を背負っているのだ。それはプロも学生も同じである。
僕は1年で渡辺を受け持ち、4年目に再び彼と同行することになった。
日中韓・3国の学生共同制作プロジェクトの日本側プロデユーサーという名称は気重いが、
一番大事なことは「渡辺らしい魅力的な映画」を作ることだと信じている。
映画は誰でも作れるが、映画はまた、その人でしか作れないものなのだ。
34年前、僕は今村昌平監督と共にヨコハマに映画学校を作った。今村さんは2年前に亡くなり参加できないのが残念だが、片割れの僕がプロジェクトに関るのも何か不思議な縁を感じる。
「若者達よ、道なき荒野を行け!」今村さんは開校時の入学式で学生達に叫んだっけ・・。眼をつむると、今村さんの声が聞こえてくるようで懐かしい。
| 固定リンク
「スタッフ日記」カテゴリの記事
- どんな監督・・?(2008.05.11)
- 日中韓共同製作シンポジウム2007(2007.10.31)
- そしてそして受賞作品はこちらです!(グランプリ受賞!)(2007.09.03)
- 最終審査発表!(2007.09.01)
- もうすぐ一次審査発表!(2007.08.15)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- どんな監督・・?(2008.05.11)
- 続・ブログ記事のご紹介(2007.11.14)
- 150年前(2007.10.14)
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- どんな監督・・?(2008.05.11)
- 横浜開港150周年記念映画製作委員のブログご紹介(2007.11.09)
- 東京国際映画祭(2007.10.22)
- 必要なもの(2007.10.04)
- 三つの港紹介~in青島&仁川(2007.10.01)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/67736/41172115
この記事へのトラックバック一覧です: どんな監督・・?:



